武蔵国鷲宮の土師祭(はじさい) らき☆すた神輿WEBサイト

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らき☆すた神輿について

【1】2008年春 らき☆すた神輿誕生

鷲宮神社鳥居埼玉県北東部の町、鷲宮町(現久喜市)。人口3万6千人のこの町に、ある時若者たちの姿が多く見られるようになりました。 2007年放送のアニメ「らき☆すた」において、この町の象徴でもある「鷲宮神社」が舞台設定のひとつとして登場し、その舞台を訪れようとする「聖地巡礼」が人気となったのです。そこで町は商工会を中心となって様々な催しを行い、2008年の正月三が日において、前年13万人だった初詣参拝客が30万人に増加するという実績を得ることができたのです。

 そんな中、地元で長らく行われている祭りである「土師祭(はじさい)」を主催する「土師祭祭興会」が、「これだけの盛り上がっているなら、土師祭に神輿を出してみてはどうか」と考え、制作されることになったのが、らき☆すた神輿だったのです。

土師祭 千貫神輿 「土師祭」は元々、担ぎ手が減少し70年間従業をすることが途絶えていた「千貫神輿」を、1983年に再び担ぐために地元の有志によって興された祭りで、鷲宮神社の「正式な神事」というよりは「神輿を担ぐためのイベント」的な位置づけとされています(鳥居脇の「神事予定表」にこの土師祭が書かれていないのはそのため)。

不足する担ぎ手は全国から募って行われ、当初は千貫神輿だけであったものが、やがて各種の神輿も同時に担がれる一大イベントとなっていったという経緯があるのでした。そういった中において、鷲宮町に吹いた「新しい風」を象徴する存在として、らき☆すた神輿は作られることとなったのでした。

 神輿本体は基本的に全て手作り。土台部分や基礎の枠部分などは余剰の角材を利用し、新たに用意されたのは細い角材など一部のみにとどまり、結果としてさほど予算をかけずに作られています。要所にはボルトや木ねじが仕込まれ、激しい動きにも対処できるようになっているのが特徴といえるでしょう。

2008年らき☆すた神輿 基本的な神輿のスタイルは、布に描かれた絵を内側から光で照らす「万灯神輿」といわれる物が基本となっており、その絵にらき☆すたキャラが描かれることとなったのですが、その絵を描く役には、鷲宮神社で「痛絵馬」を描いていたファンが抜擢されました。鷲宮神社における「聖地巡礼」においては、その巡礼者が境内の絵馬掛け所に、イラストを描いた絵馬を奉納していくことがひとつの流れとなっており、地域を愛してくれるファンと共に作っていくという思いもあったのです。作業に加わった2名のファンは、最初は慣れない布への描画作業にとまどったものの、3日間の作業を経て上部の4面に各3名ずつが描かれたイラストが見事に仕上がり、既にできあがっていた構体と組み合わさり、晴れてらき☆すた神輿は完成したのでした。

 担ぎ手は神輿のプロではなく、鷲宮町に集まるファンが担当することとなり、8月初旬に商工会ホームページ及び大酉茶屋わしのみやに掲示されたポスターによって募集がかけられました。当初は「集まらなければ千貫神輿の担ぎ手が担げばいい」とも考えられていたものの、募集開始と同時に全国から志願者が次々と集まり、3日あまりで約120名ほどの定員が埋まって、晴れて土師祭当日を迎えることとなったのでした。

 

【2】2008年 土師祭

2008年土師祭 2008年9月7日、土師祭。既に街の長年のシンボルとして定着し、大勢の担ぎ手を迎えて盛大に従業されている千貫神輿の傍らに、ひときわ異彩を放つらき☆すた神輿が初お目見えとなりました。

 昼のうちは神社前の駐車場に展示されることとなり、噂を聞きつけてそれをひと目見ようとするファンが多く集まり、注目の高さが伺えました。神輿の担ぎ手は全国から集まり、特製のTシャツが渡されて全員揃いのスタイルでの出陣と相成りました。

2008年らき☆すた神輿 そして日も暮れ始めた18時、千貫神輿が夜の従業に出発する頃、らき☆すた神輿に明かりが灯り、いよいよ初めての神輿従業のスタートとなりました。スタート直前には関東を中心に局地的な雨が各地で降ったものの神輿に影響はもちろん無く、120名の担ぎ手のうち40名ほどが位置についた神輿は、勢いよく出発していきました。最初のうちはやはりどうしても神輿を担いだ経験の少ない人が多かったこともあり、多少暴れ気味であったものの、次第に落ちついてくると共に、担ぐスタイルも様になってきたものです。

 最初のうちの掛け声は、普通に「わっしょい」だったものの、そのうちにキャラ名を連呼するようになり、「みさお! ヴァ!」「あやの! 背景!」などの名作も生まれたことから、この後神輿を担ぐ際の定番となってゆきました。

 神輿は予定通り神社から図書館前の道までの区間を往復し、最後までおおいに盛り上がってのゴールとなりました。例年3万人ほどの見物客を集めていた土師祭も、この年は5万人を動員し、大成功のうちに幕を下ろしたのでした。また各メディアでも大きく取り上げられ、一躍注目を集める存在へとなっていきました。

 

【3】2008年冬〜2009年春 神輿全国行脚

幸手シネプレックス展示 当初はこの2008年のみで終了となる予定であった神輿でしたが、各地からの展示要請が相次いだこともあり、出張をする機会が多くなっていきました。

●2008年9月14日・15日
「らき☆すたOVA完成披露の宴 〜あなたも幸手に来なさって〜」

(埼玉県幸手市・シネプレックス幸手)

 土師祭から一週間後、「らき☆すた」初のOVA「らき☆すたOVA(オリジナルなビジュアルとアニメーション) 」の発売イベントが、隣町の幸手市にて行われることとなり、それに併せて、会場となった映画館「シネプレックス幸手」の館内ロビーにて、イベント当日及び翌日に展示が行われました。

秋葉原エンタまつりコミック・キャラクター展●2008年10月18日〜26日
「秋葉原エンタまつりコミック・キャラクター展」

(東京都千代田区・秋葉原UDXビル4階「UDXギャラリー」)

 秋葉原にて毎年行われている「秋葉原エンタまつり」にて、各出版社が出展して展開された「コミック・キャラクター展」において、角川書店ブースで展示が行わました。この時はブラザー社の家庭用複合機「MyMio」と併せての展示となっていました。

●2009年正月
スズエーフォートスタジオ前スズエーフォートスタジオ前

(埼玉県鷲宮町)

 初詣で賑わう鷲宮神社の参道である商店街にて、神輿をアピールすべく特別に展示が行われることとなり、写真館「スズエーフォートスタジオ」の前スペースを利用しての展示が行われました。

●2009年1月24日〜3月15日
「マンガ聖地巡礼inサイタマ☆ 〜文学VSマンガ Part2〜」

(埼玉県桶川市・さいたま文学館)

 ここ最近、埼玉県を舞台にしたマンガ作品が「らき☆すた」の他にも多くなってきており、それらを紹介する特別企画展において、地域と作品とのつながりの象徴として神輿が選ばれ、企画展入口において展示が行われました。企画展ではその他にも、鷲宮町が取り組んできた多くのイベントが紹介され、目玉として注目を集めていました。

東京国際アニメフェア2009●2009年3月18日〜21日
「東京国際アニメフェア2009」

(東京都江東区・東京ビッグサイト)

 アニメ展示イベントとして国内最大級を誇る東京国際アニメフェア。その中において、「聖地巡礼」をテーマにした展示を行うJLM(ジャパン・ロケーション・マーケット)ブースにて、その代表例としての展示が行われました。
ブースでは神輿のほか、町内の中華料理店「門前飯店」の前に設置されている「門飯神社」鳥居が併せて展示され、パネル展示では鷲宮町のほかアニメ「true tears」の舞台である、富山県南砺市が紹介されました。

●2009年5月5日・6日
「でらホビなごや」

(愛知県名古屋市千種区・名古屋市中小企業振興会館吹上ホール)

 国内ではこれまで唯一の長駆遠征として、愛知県への出張展示も行われました。モデル系を中心としたホビーイベントで、特別展示として鷲宮町を紹介するブースに展示されました。

 このころ大型計画として、年末年始にハワイでのパレードに参加し、日本から遠征したファンによって担ぐ、というプランが話に上がり、報道などで発表されて話題となりましたが、残念なことに担ぎ手が神輿を担いでまわれるほどには集まらず、その他の事情もあって計画はお流れとなってしまいました。

郷土資料館展示 このように各地に出張をした神輿でしたが、鷲宮町に戻っている間は町役場近くの図書館にある「郷土資料館」に展示されていました。この間も話題となることが多くて来訪者が多く、撮影のお願いをする方がひっきり無しであったといいます。

  6月頃、街の玄関口である鷲宮駅を管轄する東武鉄道羽生駅より「神輿を鷲宮駅に展示してはどうか」というオファーがあり、改札内コンコースにおける展示が実現しました。これによって神輿はより人々の目に触れるようになると共に、名実ともに「鷲宮の顔」としてさらなる存在感を見せていくようになりました。以来現在に到るまでここが神輿の定宿となり、祭りや出張の他はここで地元の皆さまや観光客の方々を出迎える大役を担っています。

 

【4】2009年夏 神輿パワーアップへの道

2009年らき☆すた神輿 そして季節は夏。いよいよ2009年の土師祭に向けての神輿の搬出作業が行われ、作業場に運ばれた神輿は、前年の反省点を活かすべく抜本的な改造が実行されることになりました。

  反省点というのは他ならない「軽さ」によるもので、神輿未経験者でも担げる仕様とはいえ、成人男子が担ぐものとしてはさすがに軽かったこともあって、不規則な動きが目立ちました。またトンボ(神輿を担ぐために渡す棒)が短かったこともあり、一度に担げる人数が少なかったのも難点でした。

 これらを解消するために計画されたのが、いわゆる「増築」で、現在あるキャラクター部分をもう一段増やすことで、重さを増加させるというものでした。増築作業は順調に行われ、またその増築部分には再び新たなキャラクターイラストが加わり、前回は12名だったキャラクターも一気に30名に増加。賑やかな「らき☆すた」ワールドがより再現され、堂々たるスタイルへと変わっていったのです。

 この頃町には2台のカメラが入り、それぞれが撮影を行っていました。一方は映画監督・北川敬一氏による映画撮影班、そしてもう一方はテレビ制作会社・和田萌氏によるドキュメント撮影でした。和田氏のカメラは神輿の制作現場などに入り、その過程がつぶさに記録されていきました。

 そしてこの年も新規の担ぎ手が募集されることとなりました。今回は商工会のホームページでのみ募集がかけられ、告知していた開始時刻から数時間で定数に達するほどの人気となり、より注目を集めていることが伺えました。

 

【5】2009年 土師祭

西又葵イラスト先導車 そして迎えた2009年土師祭。予告通り増築され、パワーアップされた神輿に注目が集まりましたが、それと同じように注目となったのが、西又葵氏によるキャラクターイラストが大きく描かれた、神輿先導車でした。
元々このキャラクターは、この年の7月に開催された「萌フェスIN鷲宮2009 〜あなたが痛いから〜」において、鷲宮町商工会及び幸手市商工会の共通イメージキャラクターとして誕生したもので、今回の先導車のシンボルとして、神輿イラストと同じ手法で描かれた幌が据え付けられたのでした。これは昼の千貫神輿先導にも使われたことで、ひときわ目立つ存在となっていました。

 雨に見舞われた昨年とはうって変わっての好天に恵まれた土師祭。いよいよ夜の部には新装なったらき☆すた神輿が出陣となりました。重さと大きさがアップしたことで安定感が増し、昨年に比べても非常に安定したスタートとなり、掛け声も最初からキャラ名が登場するなど、2回目にしてすっかり担ぎ方も様になっているようでした。

らき☆すた神輿 搭乗 そんな中で今年はサプライズとして、第2区間から「乗り手」が乗ることになり、柊かがみのコスプレをした女性が搭乗。おおいに盛り上がりを見せました。この方は、小学生の頃から長く本家の千貫神輿に乗っていたベテランで、コスプレ自体は初めてながら搭乗スタイルがビシリと決まったその勇壮な姿は、大勢の観客を魅了しました。

 昨年と同じコースをたどった神輿は今年も順調に進み、最後は神社鳥居前にて千貫神輿との競演を果たして、再び大成功のうちにゴールとなったのでした。

 

【6】2009年秋〜2010年春 各種メディアに登場

2009年土師祭★2009年10月28日
フジテレビ「NONFIX・オタクと街が萌えた夏」

 夏から和田ディレクターによって行われていた取材が、ドキュメンタリー番組として結実し、フジテレビ深夜のドキュメント枠「NONFIX」にてオンエアされ、各方面で注目となりました。反響が大きかったことから、翌年の1月20日に再放送が行われるなど、2010年3月に合併を控えた鷲宮町の姿が広く知れ渡ることとなりました。

★2010年3月22日
映画「鷲宮物語〜商工会の挑戦〜」

 同じく夏から町内にて撮影されていた、「アニメの街・鷲宮」を舞台にした青春活劇映画において、物語の重要アイテムとしてらき☆すた神輿が登場しました。神輿に秘められたまさかの秘密(?)に、観客は度肝を抜かれました。

 一方神輿自体は、改造によって大型化し、気軽な移動がしにくくなったこともあってか、昨年のように各地への貸出が行われることはなくなり、正月三が日に昨年と同様、スズエーフォートスタジオ前での展示に駆り出された以外は、ずっと鷲宮駅構内に据え置かれたままの日々が続きました。

 

【7】2010年春 上海万博

 2010年春、テレビ制作会社を通じて経済産業省からの遠征依頼が、神輿のもとに舞い込んできました。行先は、海外、それも万博に沸く中国は上海ということでした。

 上海万博で6月に開催される「ジャパンウィーク」。その中で行われる、日本の現代コンテンツを紹介するイベントである「CoFesta」において、日本のアニメ文化を代表するコンテンツとしてらき☆すた神輿が選ばれたのです。

 中止となったハワイ遠征計画を除けば、神輿初となる海外遠征ということで、事前に多くの協議が重ねられることとなりました。その中で大きな課題となったのが、異国への物資の持ち込みに関する様々な問題でした。
まず神輿を構成する「木材」については、木材自体の材質からその「産地」に至るまでチェックが行われ、さらに切ったそのままの「生木」の状態での入国に難色があり、初めて木材にニスを塗ることになることになるなど、国内での輸送では考えられないことがいろいろと課題になりました。
さらにはバラ状態で発送し、当地で組み立てるのに必要な各種工具類の持ち込みが認められず、中国国内での調達を必要とするなど、多くの苦労をすることとなりました。

上海万博 らき☆すた神輿 そうして、二段化改造以来の総バラシを受けた神輿は海を渡り、6月11日に現地入りした祭興会スタッフによって組み立てが行われました。0時まで営業をする万博会場内では営業時間内での作業が行えなかったことから、作業は徹夜となり、翌日の明け方になって上海の地に神輿が立ち上がったのでした。

 迎えた6月12日は、ジャパンウィーク初日を飾る「ジャパンデー」として、日本から多くの著名人が訪れてのオープニングセレモニーが行われました。当初この日には神輿の登場予定はなかったものの、作業が早く終わったことと当局の許可が得られたこともあって神輿の登場が決定。急遽集まった現地スタッフによって担がれた神輿は、オープニングの空気の中に大歓声をもって迎え入れられたのでした。

ジャパンデー らき☆すた神輿 そして6月13日からの4日間、いよいよ神輿の本番がやってきました。担ぎ手は祭興会スタッフの他に、現地の募集に集まった熱心なアニメファンの方々。彼らはそれぞれ思い思いのコスプレをして臨むなど、気合充分。中にはガンダムの「頭だけ」をまとった人などもおり、その異質ぶりは一層際立っていたほどでした。

  14・15日には日本よりの担ぎ手も応援に加わり、いよいよアジア広場のステージ前に神輿が登場。すると会場からは割れんばかりの悲鳴にも近いほどの大歓声が起こり、「萌え! 萌え!」コールが巻き起こる。神輿の掛け声もかき消されるほどの大歓声の中、1ステージ10分ほどの従業は連日大盛況。あまりに人を集めすぎたために、当局から注意を受けるというひと幕もありました。

  無事大役を終えた神輿は終了後現地スタッフによって解体され帰途に。柊姉妹誕生日翌日の7月8日に無事帰国を果たし、再び安住の地である鷲宮駅へと戻ったのでした。

 

【8】2010年 土師祭

上海万博 らき☆すた神輿 8月中旬。鷲宮駅から神輿の搬出作業が行われ、いよいよ2010年の土師祭に向けた準備作業が始動しました。
  今回は前年のような大幅な改造は行われないものの、製作から二年を経てるうえ、幾度にも渡る分解・組立の繰り返しによって各部に生じている傷みなどを修理しつつ、新たに渡業に耐えうるための補強を各部に施し、目立たないながらもパワーアップした装いを見せることとなりました。

  その頃には今年度の担ぎ手募集も着々と行われており、今回もネットにて行われた募集では開始ほどなく募集定員に達するなど、注目の高さが伺えました。

ジャパンデー らき☆すた神輿  そして9月5日。今年も土師祭の日を迎えた鷲宮には、朝から商店街に出店準備の槌音が響き、行き交う人々も期待に充ちあふれた表情を見せています。
  今年の土師祭は、土師祭輿曾と共に鷲宮商工会及び埼玉新聞社が共催に加わり、それにともなって様々な興味深いイベントや出店などを加えたものとなり、来訪された皆さまにより多様な面で楽しんでいただける一日が演出されました。

  まず事前のニュースなどでも話題となったのが、商店街道路をステージとして開催された「WOTAKOIソーラン祭り」。 アイドルのコンサートなどで、曲に合わせた風変わりな踊りを客側が行う「オタ芸」を、普段行われている狭いライブ会場から商店街に場を移してもらい、その華麗なるパフォーマンスを思う存分発揮してもらおう、という企画で、秋葉原のライブスペース「ディアステージ」の協賛のもと、ステージに立つ「ディアガール」及びオタ芸師の皆様がそっくり商店街に集結し、アニソンライブと共に華麗なるパフォーマンスが繰り広げられました。
  見物客の皆様も最初は少々驚かれた様子で眺められていましたが、ステージが盛り上がってくると、見よう見まねでパフォーマンスを真似てみる見物客さんたちの姿なども見られるようになり、何から何まで風変わりなイベントは祭りに新鮮な風を吹きこんでいきました。

上海万博 らき☆すた神輿  前回は神社脇のテントなどに設置されていた各種グッズの物販ブース。今年は駅入口交差点付近に大々的にブースが展開され、オリジナルグッズ等の販売が行われました。
  一番の注目となったのが、「埼玉新聞社」ブースで発売となった「土師祭オリジナルTシャツ」。美水かがみ先生の書き下ろしイラストが使われたTシャツはたちまち評判となり、購入者の列が長く続きました。隣の「47CLUB」ブースでは埼玉新聞オリジナルねんどろいど、「NTTドコモ」ブース及び「キャラアニ」ブースでもグッズ販売が行われ、「健爽本舗」では、祭りの前より発売となっていた、西又葵先生デザインのラベルが描かれた「痛茶」が販売され、気温35度を越える猛暑となったこの日の水分補給に多大な貢献をもたらしました。
  一風変わった展示となったのが、「鷲宮☆物語」のアニメ部分の製作などを担当した「日本工学院」ブース。学校案内と共に展示された「学校公認」痛車はなんとポルシェ! ラッピングに彩られた高級車は、道行く人々の目を大変に引いていました。

  そんな賑やかなお祭り会場をさらに華やかにしていたのが、色とりどりの姿で街を歩くコスプレイヤーさんたちです。前回までの土師祭でも自主的に行う姿がちらほらと見られたコスプレを、今回は大々的に公認行事の一環として行われることとなり、商店街から鷲宮神社の境内までの広い範囲で、普段の街中では制限されがちなコスプレを自由に行えるという企画に、全国から大勢のレイヤーさんたちが集結しました。そのジャンルもらき☆すたはもちろん、思い思いのキャラに身をまとっており、その光景はレイヤーの皆さん自身ももちろん、街の方々も珍しげに楽しまれておりました。中でも神社の境内では、普段なかなかいいロケーションでの撮影などが難しい神職系の衣装をまとったレイヤーさんが目立ち、関東最古の神社との素敵なマッチングが華やかさをより高めておりました。

ジャパンデー らき☆すた神輿  午後1時。いよいよ祭りの本番である神輿の出発です。昨年及び一昨年は、昼間の神輿は千貫神輿のみでしたが、今年は特別にらき☆すた神輿も昼間に渡業されることとなりました。担ぎ手には千貫神輿の担ぎ手のうち女性を中心としたメンバーがあたり、行灯がともる夜の渡業とはひと味違った雰囲気で、勇壮な千貫神輿と共ににぎにぎしく行われました。夜遅くに神輿を見ることができないという昼間の見物客の皆様にも評判は良かった様子で、併せて各種のテレビ取材なども行われておりました。

上海万博 らき☆すた神輿  一方鳥居の前では夜の本番にむけて神輿の担ぎ手受付が始まり、全国から訪れたらき☆すたファンの皆様が揃いのTシャツを身にまといました。初めて担ぐ方のための練習や記念撮影なども行われており、ちょっと慣れない足つきで駐車場内を動く姿は、むしろそれすら写真撮影の格好のターゲットとなっている感もありました。

  あたりが次第に闇に覆われた頃、いよいよ夜の千貫神輿及びらき☆すた神輿が出発。祭りはクライマックスへと向かいます。関東有数の大きさと重量を持つ神輿を担ぐため、関東一円から集結した大の神輿好きな担ぎ手一同、日本どころか世界でも他に例のない、コミック作品を散りばめた神輿を担ぐため、日本全国から集結した大のらき☆すた好きな担ぎ手一同。その思いが一気にはじける瞬間です。

ジャパンデー らき☆すた神輿  コースは例年通り、鷲宮図書館までの商店街を往復するルート。それぞれを3区間ずつに分け、間で休憩と担ぎ手交替が行われるという方式です。千貫神輿が先行し、その後を追う形となるらき☆すた神輿は、担ぎ手も少々焦り気味になってしまうのか、しばしば間隔を詰めすぎてしまうこともあるため、調整をしながら進行をしていくのが鍵となっています。たまに長大休止があったりすると、その際は絶好の撮影タイムとなり、カメラの砲列を浴びることになります。

上海万博 らき☆すた神輿  そんな中今回も、昨年好評だったかがみコスの「乗り手」さんが、今年も紫の髪をたなびかせて堂々搭乗。その勇壮な姿には集まった多くの観客が再び魅了されました。御輿を担ぐのにはやはりバランスとリズムが肝心。他所の神輿ではマナーなどの観点から神輿搭乗を禁止している場所もあるのですが、千貫神輿では伝統的に子供の乗り手が乗ってリードを取ることで、担ぎ手の一体感と勇壮なリズムを奏でています。らき☆すた神輿でも、元々神輿を担ぐこと自体に不慣れな面々が多いだけに、このリード取りは非常に肝心。神輿を華やかに彩るだけでなしに、非常に重要な役割を担っているのです。

  神輿は順調に進み、第3区間の終点である鷲宮図書館前に到着。ここで小休止となります。神輿の各休憩地点では、担ぎ手に水や軽食などの「振る舞い」が行われるのも神輿ならではの光景ですが、ここ鷲宮のらき☆すた神輿はそこもひと味違う点。ご存じチョココロネがこの折り返し地点では配られるのです。疲れた時には甘いものがよい… とはいえこの状況で食べるチョココロネは結構大変。あちらこちらでこなたばりの悪戦苦闘が見られるのも、この場所この人々ならでは許される光景と言えるでしょう。

  そしていよいよ後半スタート。昨年ぐらいから神輿の周囲では、担がずに移動する順番待ちの担ぎ手やファンがサイリウムを振る光景が見られています。近年声優さんのライブなどですっかりおなじみとなったサイリウム(ルミカライトとも)。照明を落としたコンサートホールなどでの応援アイテムとして、今や無くてはならない品ではありますが、夜の中を行く神輿の盛り上げアイテムとしてもなかなかに有用。伝統の千貫神輿とはまた違った新たな盛り上げ方として、使用後のゴミ処理だけを注意すれば以降も使っていきたいものです。 ジャパンデー らき☆すた神輿

  時刻も21時をすぎ、いよいよクライマックスである、鳥居前での千貫神輿との共演が始まります。先行する千貫神輿が到着し、ここを目標に間隔を詰めていたらき☆すた神輿が横に並び、両者最後の力を振り絞った揉み合いが、長かった一日を締める最後の大盛り上がりとなって、圧倒的な迫力となって観客の心をつかみます。
そして拍子木の合図と共に全てのスケジュールが終了。今年の成功の喜びと来年への希望を語り合い、祭りの余韻にひたりながら、皆それぞれの夜へと向かって行ったのでした。

 

  

 2010年土師祭ダイジェスト

 

【9】2010年秋〜2011年夏 わりと静かめな日々。

 大役を終えたらき☆すた神輿は、土師祭終了直後に神社脇の神輿庫に収納され、つかの間の休息をすごしました。そして10月の初旬に再び蔵が開けられ、過去数年ほどの動きではないものの、今年も出張に駆り出される日々がスタートしました。

●2010年10月10日・11日
日本工学院八王子校「第6回紅華祭」
(東京都八王子市・東京工科大学日本工学院八王子専門学校)

  「鷲宮☆物語」のアニメパート担当として、そして土師祭にも痛ポルシェの展示で話題を呼んだ日本工学院八王子校の学園祭「第6回紅華祭」において、土師祭の紹介が行われると共に、神輿の特別展示が行われることとなりました。期間中はマンガ・アニメーション科が出店したコスプレ喫茶の室内で展示され、知らずに来た来場者の目を大いに引いていました。


●2011年正月
スズエーフォートスタジオ前
(埼玉県久喜市鷲宮地区)

  すっかり恒例となった、正月のスズエーフォートスタジオ前での展示。様々なイベントやテレビ中継などで例年以上に盛り上がった初詣の賑わいの中で、今年も注目を集めました。参拝客は過去最高の47万人に達し、県下第2位の座を今年も保ちました。


●2011年1月27日
角川書店新春感謝会
(東京都千代田区・ホテルニューオータニ)

  ご存じ「らき☆すた」の出版元である(株)角川書店が毎年開催している、関係者向けの新年イベントである「角川書店新春感謝会」に、初めてらき☆すた神輿が招かれ、多くの業界関係者の皆さまが見守る中での展示が行われました。
  そこにおいて今回は、先日の上海万博展示に続いて多くの方々によるサインが書き加えられました。原作者の美水かがみ先生をはじめ、今野宏美さん(小神あきら役)・白石稔さん(白石みのる役)・水原薫さん(日下部みさお役)・有川知里さん(グラビアアイドル)・あらきかなお先生(コンプエース『あか☆ぷろ!!!』連載)・山田J太先生(『あさっての方向。』作者)・砌煉炭先生(コンプティーク『生徒会の一存ぷちだっしゅ!』連載)など、豪華なメンバーによって彩られ、一気に賑々しくなっていきました。



  2月に定宿である鷲宮駅コンコースに戻ってからは、世の情勢もあって出張展示の機会も無く、神輿にとっては駅構内で静かにすごす、ひさしぶりの長期休暇の日々となっていたのでした。

 

 


 

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